叔母が施設にうつりました。

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    JUGEMテーマ:介護

    骨盤の骨折で入院していた叔母。8月末に退院して、介護施設にうつりました。

    今回はなんとか入所してくれました。

    ここまで長かった。

     

    去年の夏にガンで緊急搬送、手術、リハビリ、12月末に退院。

    おなかのガンよりも、認知症のほうが深刻な状況で、自宅での一人暮らしは無理。

    でも猛烈な拒否にあい、施設にはついに入れませんでした。

    ネズミだらけの自宅をダニに刺されながら重装備で片付けて、業者も使ってトラック4台分のゴミを出し、なんとか自宅で過ごせるように整えたのが11月(でもバリアフリーにはなっていない。)。

     

    そして年明けから自宅で暮らしはじめました。

     

    デイサービスをはじめ、予定していた介護サービスはすべて拒否。

    やろうとする施策すべてが失敗続き、私達家族が2日に一度様子を見に行く生活を続けていました。

     

    家族の介入も最低限しかできません。

    叔母に隠れてゴミをすてたり、食品をセットしたり、介護用パンツをソファーの上に置いておいたり。

    トイレ借りるね、と言いながら行うトイレ掃除も大変でした(汚れるので!!)。

    私はすっかり演技力がつきました。

     

    当然のことながらリハビリもすすまず、お風呂も入れず、食事の栄養バランスも崩れてしまったためいっきに状態が悪くなりました。

    病院に入院中はまっすぐに立って歩いていたのに、半身がねじれて首が傾き、腰がまがってしまいました。

    左右のバランスをただすような運動もしていないのに加え、片方だけ杖を使っていたので身体が捻れてしまったことも大きいです。

    顔色も髪のつやも惨憺たる状態になりました。

     

    何より、モノがどんどん失くなっていく。

    通帳もカードも印鑑も油断してるとすぐになくなり、家中を探しまくってもでてこないので、3回くらい再発行しました。

    玄関の鍵だけは奇跡的に同じ場所に置かれていたけど、門扉の鍵は無くしてしまいました。

    用心から南京錠をつかって二重三重に鍵をかけまくる叔母。

    その鍵を失くして自分が買い物に出たくても出れなくなり、パニックで電話がかかってくる。

    かけつけた私はボルダリングのごとく門扉をよじ登り飛び降りて家に入る。

    この南京錠はどこからでてくるのか、とりあげてもとりあげても出てくる。

    すべての南京錠をなくすのに1ヶ月くらいかかったかな。

    門扉には割り箸を突っ込むようになりました。

    こんな時、近所の人達は高みの見物です。

    さらにそのご近所に、あとからお菓子を持って行って笑顔で挨拶してまわります。

    そしてお向かいのオバサンが(この人も認知症)、南京錠を提供してることもわかり、ダンナさんに「二度とやめてくれ」と頼む。

     

    こんなことが冬の間中続いて、春になりはじめた頃、叔母は転倒して骨盤を骨折。

    SOSの電話がありついてみると電話の近くでうずくまって動けない叔母を発見。

    この時の処置がまた壮絶だったのですが、書きません。

     

    なんとか病院まで運ぼうとしましたが、運べず、救急車を呼んでなんとか運んでもらう。

    そして春からまた入院生活スタートでした。

    この病院での生活が、叔母にはとても合っていた。

    なぜか病院だとさまざまな指示を受け入れてくれる。

    病気だから仕方が無い、病院だから仕方が無いと納得できるみたい。

     

    前回よりは長くかかりましたが、リハビリもなんとか終了して、さあ秋からどうする、一人暮らしは絶対に無理。

    去年の退院時は、内科・外科のドクターともにこのあたりの説得は正直、テキトーでした。

     

    でも、今回は整形外科の先生。

     

    そしてそれが良かった。

     

    整形外科の先生は、認知症の老人のことをよーーーーーくわかっている。

    だから毎日のように叔母に自宅での生活はまだ無理、まだ入院の必要があると説得してくれたそうです。

     

    施設が決まって、叔母も見学に行き、また、施設側も受け入れてくれました。

     

    去年は別の施設でしたが、入所時に施設から「こんなんじゃ受け入れできない」と入り口で断られたのです。

    この時のスタッフの対応を私は絶対に忘れない。許せない。

    認知症の患者にしつこくしつこく確認をするようなことを繰り返したのです。

    結果、拒否の感情を増幅されてしまい、暴れる結果に。

    暴れるっていったって、別に暴力をふるったわけじゃなく、口で言い返しているだけです。

     

    今回は、文句の電話はかかってきますが、徐々に受け入れつつあります。

     

    そういえば

     

    施設の雰囲気もぜんぜん違います。

    認知症患者の部屋は、危険だからと絵やカレンダー、花瓶等いっさい置けず、超殺風景でした。

    今回の施設は「認知症の専用病棟」というものがなく、普通に絵や患者の作品などが壁に飾られていました。

    でもエレベーターは鍵をあけなくては使えないというのは前の施設の認知症病棟といっしょ(患者が勝手に下に降りないようになっている)。

     

    今回の施設の人いわく、入所者のほとんどが認知症です、と。

    そりゃそうだよね。

    認知症でしかも生活ができないほどの状態だから入所するんだもの。

    叔母みたいに一見、一人で歩ける(そう、入院生活で栄養状態がよくなってリハビリを受けていたら歪みがとれたんです)、内科的に悪いところがない、という人でも、施設の人は見ればどんな状態だかわかるのね。

     

    なので前の施設はほんとうにひどかったということになります。

    見学だけじゃこれがわからないから怖いわ。

     

    というわけで

     

    毎日のように電話はかかってくるものの、なんとか施設を受け入れようとしている叔母です。

    9月は家族が頻繁に訪れましたが、徐々に頻度を減らす予定。

    家族がしょっちゅう来ている家は少ないみたいで、その辺りのバランスも考えながら、です。

    お友達ができて、うまくいくほうが良いですから(病院生活もそのあたりがうまくいきました)。

     

    施設に行ったときに心がけていることがあります。

     

    それは笑顔で、明るく過ごすこと。

    叔母との話もわざと大きな声で楽しそうに笑う。

    廊下を歩いてるときにすれ違うスタッフさんや、患者さんに笑顔で声を出して挨拶する。

     

    絶対にこれをやるようにしています。

     

    これをやるやらないで、全然かわります。

    特に、他の患者さんの態度がやわらかくなり、叔母がいろんな人と話すきっかけになりました。

     

    先日も、叔母が「意地悪でいつも暗くて大嫌い」という患者さんが車椅子に乗って廊下にいました。

    その人に笑顔でこんにちは、叔母がいつもお世話になってます、と、ちょっとしたお天気の話なんかを叔母を交えてしていたら(叔母は、自慢の姪なんですーと紹介していた)。

     

    その意地悪な人が手を差し出して叔母の手を握り、

    「あなたは、恵まれてるわね」

    と言いました。

    叔母はびっくりしてたけど、「あなたもいつもありがとうね」と返していました。

    そのあと、手をとりあって励まし合うみたいな状態が続きました。

     

    叔母は女学校で育ったので、このあたりのちょっとしたお嬢様のご挨拶みたいなのが習慣づいてます。

    だから相手から言われたら拒否しないのです。

     

    これが良い連鎖になるといいなと思ってます。

    今までもそういうのをたくさん見てきました。

    私も勉強になってます。

     

     

     

     

     

     

     

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      • 2019.12.10 Tuesday
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      • 09:59
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